HKSの歴史

エッチ・ケー・エスの創業は1973年。モノを運ぶだけの工業製品からスタイルやデザイン、性能を主張する乗り物へ。チューニングもこの変化の証として生まれました。誤解を恐れずに言えば、チューニングの歴史はエッチ・ケー・エスの軌跡。私たちはチューニングのパイオニア企業として今日まで成長をつづけてきました。ただひたすらクルマのパフォーマンスに目を凝らし、常識を捨てゼロからのものづくりをつづけてきたのです。

HKSモータースポーツ35年の歴史
  1. 1973.10レース用エンジン、エンジンパーツの開発・製造および販売を目的として株式会社エッチ・ケーエスを設立

    ヤマハ発動機を退社後の1973年10月、株式会社エッチ・ケー・エスを設立。
    長谷川を独立へ突き動かした最大の要因は、「自分の手で日本一、いや世界一のオリジナルなレーシングエンジンをつくる」ことであった。
    1年後、辛苦の末、ようやく「HKS-74E」を完成させるが、資金が続かず開発を断念。陽の目を見ない幻の作品となった。

  2. 1974.07業界初のターボチャージャーキットの発売

    業界初のターボキットはFETターボの名称でスカイライン(GC100型)L20エンジンで発表された。
    L20はノーマル115ps、16.5kgmのところターボキット装着で、160ps、23.0kgmと40%もパワーアップが図られた。
    その結果、予想をはるかに上回る爆発的な売れ行きとなり、旋風を巻き起こした。
    その5年後、自動車メーカーが純正ターボ車を発売させ、ターボチャージャーの時代の本格的な幕開けとなった。

  3. 1977.03自社ブランドのターボチャージャーキットの発売

    FETターボからさらに性能向上を追及して、HKSが独自にターボチャージャーをアメリカから直接購入しターボキットを発売した。
    エンジンについても、スカイラインのL20SUキャブレターおよびセリカ18R-Gとスポーツモデルのクルマについてキット開発し、HKSが独自で取り付け販売した。

  4. 1981.01オートレース用4バルブエンジン(フジ号)の発売

    オートレース用に600cc DOHC 4バルブの単気筒エンジン「HT600」を開発。HT600搭載のオートバイは「フジ号」と命名され、オートレース界に旋風を巻き起こした。
    このエンジン開発がHKSの無形の財産となり、後の後々のエンジンを生み出す原動力となった。

  5. 1981.07米国の拠点としてHKS USA, INC.を設立

  6. 1982.03電子制御製品の開発を開始

    クルマの総合的なチューニングによる性能アップのため、他メーカーに先駆け数多くの電子部品を生み出していった。
    燃料系の「F-CON」や「AIC」、点火系の「ツインパワー」、エンジンコントロール系の「ターボタイマー」や「EVC」「FCD」、吸気系の「VPC」など、いち早く市場に投入し、ベストセラーになった。
    なかでも「EVC」「ターボタイマー」「F-CON」の3商品はHKS電子製品の三本柱になった。

  7. 1983.02HKS M300にて国産初の300km/hオーバー達成

    TOYOTAのセリカXXをベースにした「HKS M300」で谷田部最高速 301.25km/hの記録を樹立し、当時国産車として初の300km/hオーバーを達成。
    それまで多くの挑戦者がトライしながら破ることのできなかった厚い壁の突破に成功した。
    エンジンは5M-Gをベースにツインターボを搭載したハイチューン車である。

  8. 1984.014気筒DOHC 2.3リットルオリジナルエンジン(型式:134E)の開発に成功

    アメリカプロラリーおよびドラッグレース向けに「134E」エンジンを開発。三菱のG54Bブロックを使う以外は100% HKSオリジナル。
    アメリカプロラリーでラリーアートブランドを冠し、スタリオンが好成績を上げた。国内ではダートラ用パワーユニットとして活躍。

  9. 1984.07新社屋(現富士宮工場)の完成

  10. 1985.04静岡県富士宮市北山に北山工場を設置し、マフラーの製造開始

    それまで外部へ委託生産していたマフラーを、新たに工場を建設し内製化に踏み切った。
    これよりマフラー事業は大きく成長し、「アルミナイズマフラー」「ライディングスポーツマフラー」「ターボマフラー」「リーガルマフラー」等、次々のヒット商品を生み出した。

  11. 1986.094気筒DOHC 2.0リットル 5バルブオリジナルエンジン(型式:186E)の開発、CGレース参戦

    グランドチャンピオン用のBMWのM12をベースとした、200ccDOHC 4気筒5バルブエンジン「186E」を開発。
    「134E」の4バルブに対し、「186E」は5バルブで、主に5バルブの特性調査の目的のために開発された。'86年GCシリーズにて実戦デビューし、好成績を上げた。

  12. 1988.10オートレース用2気筒DOHCエンジン(型式:200E)の発売

    オートレース用気筒エンジン「HT600」からのステップアップとして2気筒の600cc DOHC 2バルブの2気筒エンジン「200E」を開発。
    デビュー戦で「HKS 200E」のパワーはオートレースの全選手、観客に熱烈な印象を与え、その後オートレース界に納入される実に95%までが「200E」となり、確固たる独占の座を築いた。

  13. 1990HKS DRAG 70 SUPRA にてRRCドラッグ参戦

    RRCドラッグレースにおけるトップカテゴリーであるプロストッククラスで驚異的速さを誇っていたのが、この「HKS DRAG 70 SUPRA」。
    その証として、1991年8月RRC 第3戦、当時「8秒の壁」と称されていたタイムの壁を見事突破し、7秒91というとてつもないタイムを吐き出した。
    エンジンは7M-Gツインターボ。鍛造ピストン、272度コンカム(俗称)、スペシャルバルブ&スプリング。レブリミットは8,750rpmまで引き上げられ、ブースト圧1.4kgfcm2を叩き出した。

  14. 1991.1コンプリートカーZEROの発表

    「270km/hオーバーでの、巡航性能、快適性、保安基準適合」を目指し、「高出力、高耐久性」を開発テーマとし、2年間にもわたる開発のすえ、念願のコンプリートカーとして改造車検を見事に取得。
    その後、ヨーロピアンコンプリートカーをも凌駕するべく、ドイツでのアウトバーンやニュルブリンクでのテストをかさね、インターナショナル・スペックマシンとして完成度を高めていった。

  15. 1992.013.5リットルV12 5バルブオリジナルレース用エンジン(型式:300E)の開発

    エンジン開発に賭けた男たちの壮大なプロジェクト。それは日本で唯一自動車メーカーではないがHKSが、F1エンジンの開発を手がけたこと。
    最高峰とも、究極とも冠されるエンジンに費やした歳月は2年を数えた。
    やがて市販ガソリンを使用しながらも、680ps/13500rpmを実測するモンスターが誕生。
    レース燃料ならば、700psを優に超えるパフォーマンスも実証。国内自動車業界はもとより、海外の衆目までをも集めたHKS。レーシングエンジンのパワーブランドはこの年大きな飛躍を遂げた。

  16. 1992.04株式会社エストールテクノジャパン(現株式会社エッチ・ケー・エス アビエーション)を設立

  17. 1992.04 HKS R32 GT-RにてJTCグループAに参戦

    1992~1993年に当時国内最高峰のツーリングカーレースであるJTCグループAに参戦。
    並みいるワークチームのR32 GT-Rに真っ向から勝負を挑み、参戦2年目の第3戦(SUGO)ではファイナルラップで逆転し、見事初優勝を遂げた。
    ここで得たノウハウがその後DRAG R32 GT-Rや、RB26DETT用パーツの開発にフィードバックされ、のちに「GT-RチューンといえばHKS」と言われるまでとなるベースとなった。

  18. 1994.06サスペンションのコイルスプリングの製造開始

  19. 1994.06HKS DRAG R32 GT-Rにて RRC・BEドラッグ参戦

    1994~1996年までRRCならびにBEドラッグシリーズに参戦し、全てシリーズチャンピオンを勝ち取ったのがこの「HKS DRAG R32 GT-R」。
    パワー/トルクは840ps/80kgmをマーク、数々のコースレコードを叩き出した。
    その後「HKS DRAG R33 GT-R」にその席を譲るまで常に第一線でトップを走り続け、現在に至るまで続く「常勝ドラッグ王国HKS」を築く礎となった。

  20. 1994.06オリジナルレースエンジン(型式:310E)の開発、全日本F3選手権参戦

    F3をターゲットとしたレース用エンジン「310E」を開発。
    1994~1999年まで全日本F3選手権に参戦。1997年の第3戦で優勝を遂げた。

  21. 1994.06HKS OPELにてJTCC参戦

    1994~1997年に全日本ツーリングカー選手権(JTCC)に「HKS カバリエ」「HKS OPEL ベクトラ」で参戦。
    プリメーラやエクシヴ、アコードなどのワークス勢がひしめく中、'94年は開幕戦連勝を含む通算3勝を上げ、シリーズ4位、'95年もシリーズ4位、'97の第12戦では優勝と輝かしい成績を残した。

  22. 1995.07HKS YZF750PSにてFIM世界耐久選手権鈴鹿8耐ロードレース参戦

    オートレースの世界で他を圧巻し、数々の実績を収めてきた2輪用エンジン開発。
    そのHKSが '95、 '96とチャレンジしたのが鈴鹿8耐。初参戦をふくみ2年連続で見事完走という実績を残した。
    この実績は、HKSがより良いアフターパーツを生む為には、4輪・2輪の世界を問わず、様々な分野に挑戦し実績を収めることが何より大事である事を証明した証でもある。

  23. 1995.07イギリスF3選手権参戦

    全日本F3選手権だけでなく、イギリス・南米のF3選手権にチームとして、またエンジンチューナーとして参戦。
    1998年の南米F3チャンピオンシップではシリーズ優勝と輝かしい実績を残した。

  24. 1995.07T-200筑波最速ラップ・谷田部0-300km最速プロジェクト

    1BCNR33 GT-Rをベースに、筑波で1分を切るという目標のもと作成されたT-200サーキットバージョン。
    その思いは見事、58秒716という最速ラップタイムとして成し遂げられた。
    このプロジェクトにより、さらに多くの高性能RBパーツが世に送り出された。
    また、95年の筑波最速ラッププロジェクトの後、谷田部で0-300kmで17秒64という最速タイムを樹立。
    またこのプロジェクトが評価され、翌年のオートサロンにてベストチューナー部門 グランプリを受賞。

  25. 1996. 03欧州の販売拠点として、英国にHKS EUROPE, Ltd.設立

  26. 1996. 08 サスペンションのショックアブソーバーの製造開始

    コイルスプリングに続きショックアブソーバーの製造を開始するため、新たに工場を増設し、サスペンションキットの内製化を開発した。
    こだわりの単筒式を採用し、「ハイパーダンパー」を発売。
    その後、更なる性能・品質の向上が繰り返され、現在は運動性と乗り心地を両立させた「ハイパーマックスIII」へと進化を遂げている。

  27. 1996.09水平対向4サイクル2気筒 680cc ウルトラライトプレーン(ULP)用エンジン(型式:A700E)の発売

    OHV4バルブ水平対向2気筒エンジン「A700E」を開発。
    ウルトラライトプレーン(ULP)と呼ばれる軽飛行機用エンジンで新規事業へ参入し、世界を舞台に高い評価を得る。

  28. 1994.06DRAG 180SX(プロストック)にてBEドラッグ参戦

    1996年より、RB26DETTエンジン搭載のプロストックマシンでのBEドラッグへ参戦。
    1996年、1997年と2年連続シリーズ1位の実績を残す。
    DRAG R32 GT-Rのノウハウを生かしたエンジンをさらに進化させ、GT3240×2基、1185PSの究極のRB26エンジンで実戦でも実績を残す。

  29. 1999.06 日本証券業協会に株式を店頭登録

  30. 1999. 08静岡県富士宮市北山に研究開発施設(現本社工場)を設立

    相次ぐ新事業の展開で富士宮工場の拡張余地がなくなり、一段の飛躍を目指して新工場を建設。
    品質・性能・サービスの三本柱を原動力に展開してきたHKSの従来路線を堅持しながら新しい生産システムを練り上げ、新事業を含む高付加価値商品を集中する、これが新工場建設の基本理念である。

  31. 2000.01
    モンスターマシン! レーシングアルテッツァ発表

    2000年東京オートサロンにて、これぞHKSを具現化したモンスターマシンレーシングアルテッツァを発表。
    このマシンはチューニング業界のパイオニアが未来のレーシングマシンとしての方向性を示唆するべくマシンとしても注目され、筑波サーキットで55秒853をマーク。(レーシングスリックタイヤ)

  32. 2001.01
    ドラッグモンスター DRAG 80 スープラ発表

    2001年東京オートサロンにて、HKS DRAG 180SXの後継車としてドラッグスープラを発表。
    7秒を切るべく製作されたこのマシンはシャシーから見直され、専用設計のアメリカ製を採用。
    エンジンは3UZをベースとして開発され、1400PSを叩き出し、その後2JZ+シーケンシャルミッション仕様へと変更され、ワールドワイドでの活動を実施。

  33. 2001.06
    HKS (Thailand) Co., Ltd.への投資のため、HKS-IT Co., Ltd.を設立
    東南アジアの販売拠点として、HKS (Thailand) Co., Ltd.を設立

  34. 2002.02ドリフトというNEWカテゴリー、D1グランプリにHKS S15ハイパーシルビアで参戦

    第1戦備北ハイランドパークに HKS S15ハイパーシルビア デビュー。
    昨年度チャンピオンの谷口選手とのワークス体制で参戦。初年度は第2戦のエビスサーキットで初優勝を果たし、年間総合2位となる。
    2003年の第5戦、エビスサーキットより、戦闘力を大幅にアップさせたニューマシン、「HKS S15ハイパーシルビア RS-2」を投入、2003年度は年間総合4位の実績を残す。

  35. 2002.02HKS CLKにてJGTC GT500参戦

    全日本GT選手権GT500クラスに「HKS CLK」にて参戦。
    すべて一から自社開発して参戦することも含めて注目を浴びる。

  36. 2003.02株式会社エッチ・ケー・エス テクニカルファクトリーを設立

  37. 2003.02TRB-02での筑波サーキット最速プロジェクト

    筑波チューニングカー最速ラップに、限りなくストックボディを維持した状態でのタイムアタックプロジェクト「CT9ARS」の技術をステップアップさせたランエボVIII「TRB-02」を投入。
    12月上旬にはシェイクダウン。12月18日には55秒000を記録し、当時のチューニングカー最速タイムをマーク。
    2004年2月1日には、TRB-02が筑波サーキットのチューニングカー最速タイムを再び更新。 初の54秒台となる、54秒739。

  38. 2003.02福祉車両用部品の販売を目的として、米国にLIFECARE MOBILITY, INC.を設立

  39. 2004.10
    D1グランプリにNEWマシン、アルテッツァベースの「Racing Performer IS220R」投入

    2004年シーズンのD1グランプリ第6戦エビスサーキット(10/23~24)にて、SXE10アルテッツァベースの「Racing Performer IS220R」を投入。
    ハイパーシルビアは活躍の拠点を海外へ。2004年度は年間2位の実績で終了。

  40. 2004.12
    日本証券業協会への店頭登録を取消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場

  41. 2006.10自社開発のスーパーチャージャーの発売開始

    次世代過給器として新開発「トルク感応型トラクションドライブ方式」を採用した、遠心法「GT SUPER CHARGER」を開発。
    燃費や排出ガスのパフォーマンスに優れた「環境性能」を両立させた次世代チューニングを実現した。

  42. 2006.10「Racing Performer CT230R」による国内主要サーキットのチューニングカー最速タイムアタックへの挑戦

    2006年東京オートサロンで、ランサーエボリューションIXベースのタイムアタックマシン「Racing Performer CT230R」による国内主要サーキットのチューニングカー最速タイムアタックへの挑戦を発表。
    まずは筑波サーキットのチューニングカー最速タイム55秒063を記録。この後、各地のサーキットでのタイムアタックを開始。

    04/25 富士スピードウェイ :1分43秒451 10/21 スポーツランド菅生 :1分23秒156
    08/06 十勝スピードウェイ :1分21秒536 11/14 富士スピードウェイ :1分42秒374
    09/20 岡山国際サーキット :1分32秒537 12/05 筑波サーキット :53秒999
    09/21 セントラルサーキット :1分17秒471      

    その後、2007/1/26に筑波サーキットで53秒589を記録し、さらに最速タイムを更新することに成功。続く2/25には、九州のオートポリスでも1分49秒376マーク。以降、海外でのタイムアタックを開始する。
    海外での活動では、11/7 - SUPER STREET "Super Lap Battle Finals"にて1'43.523、BUTTONWILLOW RACEWAY(USA)のコースレコード樹立、大きな話題となる。

  43. 2007.09マリンジェット用スーパーチャージャーの供給開始

    パーソナルウォータークラフトでは世界中で圧倒的なシェアを誇る、ヤマハマリンジェットの1.8リットルエンジンの性能をさらに引き上げるため、HKS製スーパーチャージャーが採用されております。
    自動車チューニングで培われたHKSの過給器技術はマリンスポーツの世界でも花開いています。
    ※HKS製スーパーチャージャーはヤマハ製MJ-FX Cruiser SHO、MJ-FX SHO、MJ-FZSに搭載。

  44. 2008.042年ぶりにD1グランプリへ「HKS YOKOMO Racing performer IS220R/Z」で参戦

    CT230Rが国内外での主要サーキットでのチューニングカー最速プロジェクトが終了し、2年ぶりに、D1グランプリでの活動を再開。2008年度の活動として、全7戦中2戦へスポット参戦行う。
    ドライバーは、これまで同様谷口信輝選手。車両はTOYOTAアルテッツァをベースに製作した「HKS YOKOMO Racing Performer IS220Z」と「HKS YOKOMO Racing Performer IS220R」の2台体制での参戦を実施。

  45. 2008.07エンジンの燃料をガソリンと圧縮天然ガス(CNG)とで切り替えて走ることができるバイフューエルコンバージョンキットを発売。

  46. 2010.04当社オリジナル設計による内製ボールベアリングターボGT IIタービンを発売。

    GT IIタービンはエンジンの開発に合わせて自社で開発、設計した純正置き換え用のHKSオリジナルタービンです。
    各エンジンの特性に合わせホイールやハウジングを設計し、何度となくテストを繰り返し全域において性能を維持できるよう新たな技術を取り込み作り上げています。

  47. 2010.10大阪証券取引所JASDAQ市場、同取引所ヘラクレス市場および同取引所NEO市場の各市場の統合に伴い、大阪証券取引所JASDAQ(スタンダード)に株式を上場。

  48. 2011.12天然ガス自動車でのエンジン最新認証排ガス試験合格

    HKSでは自動車の排気ガスに対応した触媒の技術を生かし、9,800ccディーゼルエンジンをCNGエンジンに改造し、専用設計のメタルキャタライザーと組み合わせることで、世界一厳しいとされる「ポスト新長期規制」からさらに有害物質(HC,NOx)レベルを40%以上低減した「日本ガス協会技術指針」をクリアしました。
    自動車のアフターパーツ開発やレース活動などで培ってきた技術が、環境順応性向上という違った形で活かされています。

  49. 2012.01「2012 D1グランプリに参戦」86でD1にCOMEBACK!!

    2012年HKSはD1グランプリに6年ぶりに参戦します。
    ベース車両は、TOYOTA 86。話題の最新FRをベースにトップチューニングカテゴリーのD1へ参戦することで、その技術を商品開発にフィードバックし、車名通り圧倒的なパフォーマンスを実現する商品ラインナップを行います。
    2012は活動を再開し、シリーズチャンピオン獲得を目指して谷口信輝選手と共にチャレンジして参ります。

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